育児・暮らし

重症妊娠悪阻で休職へ~2人目妊娠の体験談

二人目の妊娠のとき、重症妊娠悪阻で起き上がれなくなり、仕事を休職してしまった体験談です。

いつまでこの状態が続くのか未知でした。

毎日検索していろんな人の体験談を見て、自分はあとこのぐらいで起き上がれるようになるのかもしれない、と励まされてきました。

重症妊娠悪阻とは?

まず「重症妊娠悪阻」って知ってますか?

重症妊娠悪阻
  • 妊娠初期から起こる「つわり」の重症化した症状
  • 持続的に体重が減少する場合
  • 水分や食べ物がとれなくなる

個人差はありますが、おおよそこんな感じ

わたしの場合は、ある日突然起き上がることもできなく、食べたくない飲みたくないという症状

パソコンの画面すら見ていられないほど、とにかく具合が悪く寝ていました。

その時、妊娠6週目でこの先がとても長く感じました。

1日1食、コンビニやスーパーのお弁当だけは少し食べることができただけ

頑張って買い物に行くにも、精肉コーナーに行くだけでフラフラに

動けず食べずにいたので、どんどん筋肉はなくなり体重が減っていきました。

重症妊娠悪阻にしては体重の減りは少なかったもののトータルで約5㎏減ったのです。

個人差が大きいので、無理せず医師に相談してください。

重症妊娠悪阻はいつまで続く?

わたしの場合は安定期に入るまで続きました。

妊娠9週頃までは点滴に時々病院へ

片道30分の最寄りの病院まで自力で車を運転して行くので、時々しか点滴を受けに行けなかったのです。

通院時の点滴は約2時間、ブドウ糖500mlとかかれた点滴に繋がれていました。

「食べられない?入院する?」

医師に勧められたけど、その時は断っていました。

「ちょっと待って。これから入院できる?」

医師が処置すると出血多量

重症妊娠悪阻の影に別な病気が隠れていました。

重症妊娠悪阻と他の病気で入院生活開始

それから「ブドウ糖」と書かれた点滴に24時間繋がれることに

重症妊娠悪阻とは関係がない他の病気を発見

胎児より大きい絨毛膜化血腫があり、それが出血していたのです。

久しぶりに見る病院食

わたしは給食系が大好きだったので、ゆっくりと20分かけて毎回完食しました。

ブドウ糖の点滴を受けたあとは、何故か毎回ご飯を食べることができたのです。

そして病院食は8日間続きました。

病院食の効果もあり、退院後は少しずつご飯を食べることができました。

その後は安定期に入り、妊娠悪阻から解放されたのです。

もちろん、個人差があるので産まれるまで悪阻が続く方もいます。

重症妊娠悪阻で休職し傷病手当金申請へ

起き上がれなく、生活もままならない毎日

もちろん会社にも行けませんでした。

急な出来事・・・そんな時「傷病給付金」の説明を会社から受けました。

傷病給付金とは

  • 病気やけがで会社を休んでいるときに申請ができる
  • 診断書が必要
  • 給料の67%が支給される

妊娠は病気ではないと言われますが、重症妊娠悪阻は病気扱いです。

「遠くて通えず、起き上がれなく具合悪いので診断書をください」

わたしはそう言い、医師に診断書を書いてもらいました。

診断書はお金が必要です。1枚 約3,000円前後(病院にもよります)

会社に行けなくなった日から、1ヶ月ごとに診断書をその都度書いてもらいました。

赤ちゃんを守るためにも、家庭を守るためにも診断書が必要でした。

そして実際に傷病手当金を受け取るのに感じたことがあります。

  • 初回の傷病手当金を受け取るのに1-2ヶ月かかった
  • 社会保険に加入していれば、毎月請求される

傷病手当金が貰えるのはとても有り難いことだけど、申請にかなりの時間がかかるんです。

数ヶ月分の生活費の貯金はしておくべき!と痛感しました。

おまけに、社会保険料も払うようなので2万円マイナスに

結局手取りの受け取りは更に減り、生活がギリギリになっていきました。

時間はあったので、節約するためにいろいろ挑戦

節約をしている矢先に、とんでもないことも発覚したのです。

まとめ

悪阻が辛すぎる、食べられないと感じたら病院へ

ブドウ糖の点滴を受けると少し体が楽になることも

会社に行けない時は、診断書を病院で書いてもらい、会社で傷病手当金の手続きができます。

どうか少しでも良くなりますように。

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ame
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食品添加物 無添加にこだわる食品業、栄養士、フードスペシャリスト、惣菜管理士、そして子を持つ親としていろんな目線から食についてみていきます。普段は兼業主婦、2児の母をしています!
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